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うそについて

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うそは、だいたいばれるものだ。

ついたその瞬間は、たしかに相手を騙せることもあるだろう。

けれど、その後の長い時間を耐え続けるメッキをうそに施すことは、

相当の手腕がなければできない。

誰しも覚えがあることだと思うのだけど、人との会話は

けっこう覚えているもので、

一人になったとき

「あのときあの人は、あんなこと言ったな。」とか

「こういう意図があったのか。」とか

「そういう想いでいったんだ。」とか

意外に細かいことまで思い出すものだし、

時間が経てば今までの事を含めた全体を見通す様に客観的な視点で

言ったことの意図を捉えられる様になっている。

相手をおもいやるうそや、かわいいうそのうちはいいのだけれど、

相手を裏切る様なうそがばれればその人の言動から人柄まで、

信用を失い、疑われてしまう。

長い目でみれば、あまり割に合うことではない。



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by tortoiseth | 2017-11-15 10:36 | Comments(0)

”つぼみ”の時間

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ちかごろ、花を見るとき”つぼみ”の存在感に心惹かれます。
花になるまでの過程がすべて、その小さな体にすでに織り込まれていて、咲くまでの時間を内包した、”つぼみ”としての美しさをちゃんと世の中にあらわしてるんだな、と想いました。
「過程」とか「時間」。
そちらの方にこそ、何かとても大切なものがある気がします。

写真のゆりは、近くの無人の露店販売所で200円で購入。
お買い得でした(笑)


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by tortoiseth | 2017-06-22 09:49 | 日々のこと | Comments(0)

ゆるぎない知恵

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あまり今の医学というものを信用していない。
しかし、大切な命が失われようとしているとき、現代医学の可能性を否定してその手を借りることなく意志を貫くには、相当揺るぎない哲学が必要だろう。
最近、福岡正信さんの本を読んでいる。
御存知の方も多いと思うが、彼は自然農法の祖とも呼べる人で、耕さない、肥料を使わない、農薬を使わない、雑草をぬかない、(不耕起、無肥料、無農薬、無除草)という従来の農法を否定した農法で、それをしのぐ多収穫を実現している。
彼は、”自然はそのままでほぼ完全なもので、人間は手助けするくらいのことしかできない。ほぼ完全なものに過剰に手を加えて、更に手を加えなければならない状況を作り出しているだけだ”という。
植物は、欲しいときに必要な量だけ養分を吸収するのであって、過剰な肥料の散布は、土壌微生物群の生態系を乱している。
人が手をくわえるから、土壌の微生物や有用菌が死んでしまい土が痩せて、病害虫を発生させ、さらに手を加えなければならなくなる。
以上のことは、そのまま医療にも当てはまる。
現代の医療は、強い薬を使って徹底的に悪い部分を治療することを最優先に考える。そして場合によってはその部分に手術を施す。
その結果その副作用や合併症により他の器官を弱め、さらに投薬しなければならなくなる。
そしてその投薬した薬の副作用を抑える為にさらに投薬、、という具合に薬漬けになって結果的に体内環境のバランスを崩し、生活のクオリティを下げる事になりはしないか。
大きな病気ならば尚更そのリスクは高い。
部分ではなく全体を見通した社会の知恵がほしいと切に想う。

(追記;この記事は抗がん剤を否定するものではありません。場合によっては延命措置として抗がん剤も有効だと思います。
そもそも、そういうものを使わなければならない状況を作り出しているのが人間だ、ということ。
またこれからの世代の生き方の選択肢が、より多く広がる様に知恵が必要だと思いました。)

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by tortoiseth | 2017-03-11 01:32 | 日々のこと | Comments(0)

うちの愛猫

きのうの朝、うちの猫が虹の橋を渡りました。
はじめて知りあったのが、銭湯の前だったので湯吉ちゃん。
想えば、この猫とは長い長い道のりがある。
うちの猫になってからも、なる前も。
自分の気持ちを整理するためにも、その物語を綴ってみようかなと想っています。
これでよかったのかという自責の念と一生懸命に生きた命のかわいらしさに胸がいっぱいになります。
忘れたくないなぁ。
きゃしゃな体と顔に比べてやや大きな耳や、白地に黒い墨を落とした様な模様や、毛に顔をうずめたときの独特の香りや、撫でてあげた時に向けられたまなざしや。

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by tortoiseth | 2017-02-08 23:40 | 日々のこと | Comments(0)

大きなレンジ(振り幅)と小さなレンジ


「うますぎる料理は、食べない方が良い」

これは、美食家で有名な北大路魯山人(きたおおじろさんじん)の言葉です。
”うますぎる”とは、いったいどういうことなのでしょう。
食べ物には、風味や滋味といった微妙な味わいがあります。そういう繊細な味わいをかき消してしまうほど、強い味付けを”うますぎる”と言うのでしょう。
食べたときに口の中に広がって心の深くまで満たしていく、さざ波の様な繊細な味わいが、大波の様な急激な興奮をもたらす味付けによってかき消されてしまう、そんな料理は食べない方がよいということなのでしょう。
このことを、”微細なレンジ(振り幅)の感覚を、大きなレンジの感覚がかき消してしまうこと”
そんな風に考えると”うますぎる”ものとは食べ物に限りません。
この社会は”うますぎる”ものであふれています。
毎年公開されるハリウッド映画の大作はお決まりの様に”史上空前の”などと言うキャッチコピーが添えられて、これまでにないシチュエーションの目新しさを売りにして感情を刺激的に揺さぶる大きなレンジへとエスカレートしていきます。
毎月あふれるほどにリリースされるポップミュージックは無限にある微細な音階の中から、耳に覚えやすいキャッチーなメロディーやリズムを取り出して来て、人々を興奮へと誘います。
そして、その音楽を記録するデジタル録音は、聞き取れないとされる微細な音波域をカットして大きなレンジの音波域のみをひろうことにより、よりクリアーな音を再現しようとします。実はその切り捨てた微細な音波域こそ、人を感動へ誘う波長が含まれていることが実証されています。
街へ出れば、中間色を排して極彩色の看板や電飾であふれています。
そしてこの社会全体も地域ごとにあるローカル色は消え去っていき、利便性や合理性という大きなレンジのもとにグローバル社会へと変化していきます。
世界は、一見バラエティーに富んだ多種多様なものにあふれている様に見えますが、その実は、すべてが大きなレンジへとその価値観を集約し続けています。
大きなレンジによる急激な興奮は、そのあとにどこか満たされない寂しさとともに更に快楽を求める欲望を起こさせます。その欲望を満たすために、また新たな興奮を得ても寂しさは更につのっていきます。
たとえば、自然に感激して帰宅した後の充実感はなんでしょう。
先に述べた様なさびしさはなく、あたたかな安らぎにつつまれます。
どうやら物事には、”過程”というものが大切な様です。
山登りを考えたとき、計画をたてる時の期待と不安、そして現地へおもむくまでの時間、現地では、まず人里からのおだやかなアプローチがあって徐々に自然の魅力に浸りながら、山頂へと誘われる過程があり、そしてその余韻に浸りながら下界へと降りていく帰路があります。
人は結果をえるまでの過程のなかに、細やかな機微を感じ充足感を得るのです。
ドラエモンのドコデモドアができたなら最初は興奮するでしょうが、そのために人は憧れとロマンを失うでしょう。
何げない日々の中に際限なく広がる細やかな機微。それを感受する能力を失えば安らぎはありません。
現代人はあまりにもきらびやかな文明の魅力に心をゆだね過ぎて、足下に限りなく広がる細やかな日常のディテールが見えづらくなっています。
意識的に刺激的な情報から、あるていど距離をとって、本来持っている細やかな感性を開き、五感をやしなうことが人としての本来の正気を保つために必要になっているのかもしれません。

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by tortoiseth | 2016-08-28 04:35 | 社会 | Comments(0)

今日りんごの樹を植える

過去がどんなものであっても、それにとらわれることなく、
また未来を想うとき不安に満ちていたとしても、それに怖じ気づくこともなく、ただ今という時を味わい、ひた向きに生きられれば一番良いのだろう。
なぜなら過去の反省も未来への気づきも今この時の中にあり、自分にコントロールできるのは今しかないのだから。
今という時間の積み重ねが未来へと繋がる。
今と言う時の醍醐味をしっかり味わうことをおろそかにして何かの利を得たとしても、その人生は空っぽなものになってしまう。
たとえば、どんな仕事だってちゃんとやれば得られる醍醐味というものがある。
簡単な仕事など一つもない。
掃除という仕事をひとつとっても、しっかりやろうとすれば工夫が必要だしそれによって汚れたものが綺麗になっていくという醍醐味がある。
たとえその仕事がもともと興味のなかったものだったとしても、そこから得られる醍醐味は将来の自分に必ず役立つはずだ。
目の前にある自分の仕事がどんなものであっても、それに真摯に向き合えない人に新たな活路は開かれはしない。
ルターと言う人がこんなことを言っている。
「あす世界が終わろうとも、私は今日りんごの樹を植える」
”大した利が得られないなら、一生懸命やっても仕方がない。”という功利主義的な考えに落ち入りがちな現代社会だけれども、ルターは ”今という時の醍醐味を味わうことが人生であり、心を豊にしてくれることなんだよ” と言っているのだろう。


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by tortoiseth | 2016-03-26 20:06 | 日々のこと | Comments(0)

共同体の魂

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個人というレベルで、整合性のとれた正しさのみの追求は、社会という共同体のレベルでは不合理に働きます。
多くの人が個人の都合を優先して、数少ない矢面にたっている人がリスクを背負い排除される様では、社会は、ますます自由を失なって逆に不都合なものになっていく。
これは、一番おおきな死活問題です。
昔あった、神社などを中心にした共同体を思い起こせば、
一人一人があえて、少しづつ自己を否定することで
社会の魂は守られました。
その中で、かえって人は精神の自由を得ていた。
共同体の魂を失ってしまっては、
一人一人の幸せなどありはしません。
人は、その大きな魂に守られてこそ
やすらぎを感じるものだからです。
(デモで身分を問われ事はありません。無理が効くなら参加しよー。)

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by tortoiseth | 2015-08-21 00:39 | 社会 | Comments(0)

旅路の果てに、見える村

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むずかしい本を読んでます。
中沢新一の「フィロソフィア・ヤポニカ」という本
2、3ページ読むのも、けっこう時間がかかる。
けれど、普段疑問に思うこと、とくに3.11以降あらわになった社会の歪み、つまり「どうして、こんな世の中になったのかな?」って想うことの一つの答えがあります。
読み進んでいくと、いろいろな社会問題は、資本主義経済がはじまった段階で、すでに予想されていて、言わば進むべきシナリオ通りに、この社会が進んでいる事がわかります。
個人の精神の自由のために、消費や欲望を追求していけば、あらゆる面倒な障壁(地域ごとの文化や天然の自然など)が取り払われて、世界は画一化したグローバル社会へと発展していくことや、あらゆるものが大量生産による流通を考えた商品として扱われる商品化社会の発展とともに、すべては著しい平準化がすすみ、多くの人々は個性的に生きる事をそれほど望まなくなり、規則の体系のなかで「その舵をとるにまかせて」生きる事を好む様になること。そしてその中で生じた権力の偏りによって、政治は腐敗していくこと。
こんなことを、1900年代初頭に経済学者や哲学者がすでに予想していました。
実際、地域の伝統や共同体は失われかけてますし、経営の組織や、その人間関係まで地域ごとの特殊性はなくなり、すべては単一の”スタンダード”に「改良」していくことを求められます。
そんな中で、人と人との繋がりは希薄になり、自分の息吹の通ったものではない画一的な職場で、分業によって想いのこもらない商品を作り、時間で切り売りする労働力として働いてお金を得ています。いままでの歴史上、ひとが一番孤独になった時代なのかもしれません。
この本のなかで取り上げられているのは、田辺元と言う思想家の「種の論理」という考え方です。
ものごとを「類」「種」「個」の3つの段階に分けた時、「個」である個人の精神の自由のみを追求していくと、心の荒廃を呼び、逆に不自由な社会へと進んでいくと田辺元は言っています。「種の論理」とは、個人の「精神」ではなく共同体(種)の宇宙的諸力(自然との繋がり)を含んだ「魂」というものに拘束される力によって、逆に人は自由を得ると言う哲学です。
なんだかムズカシイですが、たとえば、神社が地域ごとにあって、共同体の「魂」として人々の中心になっていた頃の「村」というものを考えてみましょう。当時の村では個人の自由は、大地の神に繋がった共同体の「魂」に捧げることによってある程度、拘束されていました。しかし、大地との繋がりを大切にして、すべての結びつきを重んじた人々の中で、個人の多様性は受け入れられ、かえって自由で安らかな精神が与えらていたと言うのです。
個人にとって、いかにも正しい合理性のみを追求していくと、社会と言うレベルでは、とんでもなく不合理で、人の本質的な幸せに繋がらないということを言っています。
わずかに自己を否定して、個人の「精神」ではなく、大地に繋がった共同体の「魂」に、それぞれが余力を捧げることによって、かえって一人一人にとって自由な社会が築けるというのです。
個人にとって有利か不利かを考える前に、まず命あるものの「魂」として、おかしいことはおかしいと思う、しっかりとした意識を持つことは大事だとおもいます。
「自分一人が言って何になる。」という考えで、それぞれが、ばらばらに自分自身の自由を追求していたのでは、とても不自由な社会になってしまいます。
無理をして何か運動をおこすべきだ、とかみんながデモに参加しなくてはならない、などと言ってるわけではありません。それぞれがわずかな余力を割くだけでいい。
おかしい事に対して、人々が心の底で、やむにやまれぬ想いを持ちながら日常を暮らしている社会と、あきらめてしまっている社会では、おのずとその気運は違ってきます。
気運と言うものは、想いの他大きなもので、社会を動かす最も大きい力と言えます。
社会の大本に、共同体の魂と言えるものが横たわっているかどうかで、その気運は変わってきます。
気運の高まりとともに、必ず社会のために動ける多くの人が現れる。
個人の「精神」が重んじられる社会ですが、大地的なものと繋がった共同体の「魂」に守られてこそ、一人一人の精神の安らぎがあるのだと思います。

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by tortoiseth | 2015-05-25 12:40 | 社会 | Comments(0)

虹がかかる空は、

たぶん、虹をこんなに端から端まで見たのは、はじめてだと思う。
標準の単焦点レンズしかもってなかったので、4枚にわけて撮った。

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虹をみて美しいと想うのは、なぜだろう。
赤から紫の七色の光とは、何なのか?
学校で習った光学現象では、文字通り現象を説明しただけで
本当の答えになってないと思う。
そう考えると、とても不思議なものが、僕たちの暮しの上にひろがってるんだな、という気持ちになる。

写真:3日程前の所沢航空公園

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by tortoiseth | 2015-04-26 06:39 | 日々のこと | Comments(0)

おだやかな静けさ

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僕たちは日々流れて来る様々な情報にふれ、喜んだり、不安になったり、興奮したりして心を揺さぶられる。
身の周りにある、なにげない時間にゆっくりと沈静していく間もなく、流れてくる情報が、心を公の場に連れ戻そうとする。けれど、僕たちはいつだって、五感で感じても感じきれない、どこまでも際限のない景色につつまれていることを忘れずにいたい。

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by tortoiseth | 2015-03-13 21:56 | 日々のこと | Comments(0)


あたりまえだと思ってる事、でもなんか変。イラストレーター平澤貴也のブログ


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