カテゴリ:社会( 22 )

大きなレンジ(振り幅)と小さなレンジ


「うますぎる料理は、食べない方が良い」

これは、美食家で有名な北大路魯山人(きたおおじろさんじん)の言葉です。
”うますぎる”とは、いったいどういうことなのでしょう。
食べ物には、風味や滋味といった微妙な味わいがあります。そういう繊細な味わいをかき消してしまうほど、強い味付けを”うますぎる”と言うのでしょう。
食べたときに口の中に広がって心の深くまで満たしていく、さざ波の様な繊細な味わいが、大波の様な急激な興奮をもたらす味付けによってかき消されてしまう、そんな料理は食べない方がよいということなのでしょう。
このことを、”微細なレンジ(振り幅)の感覚を、大きなレンジの感覚がかき消してしまうこと”
そんな風に考えると”うますぎる”ものとは食べ物に限りません。
この社会は”うますぎる”ものであふれています。
毎年公開されるハリウッド映画の大作はお決まりの様に”史上空前の”などと言うキャッチコピーが添えられて、これまでにないシチュエーションの目新しさを売りにして感情を刺激的に揺さぶる大きなレンジへとエスカレートしていきます。
毎月あふれるほどにリリースされるポップミュージックは無限にある微細な音階の中から、耳に覚えやすいキャッチーなメロディーやリズムを取り出して来て、人々を興奮へと誘います。
そして、その音楽を記録するデジタル録音は、聞き取れないとされる微細な音波域をカットして大きなレンジの音波域のみをひろうことにより、よりクリアーな音を再現しようとします。実はその切り捨てた微細な音波域こそ、人を感動へ誘う波長が含まれていることが実証されています。
街へ出れば、中間色を排して極彩色の看板や電飾であふれています。
そしてこの社会全体も地域ごとにあるローカル色は消え去っていき、利便性や合理性という大きなレンジのもとにグローバル社会へと変化していきます。
世界は、一見バラエティーに富んだ多種多様なものにあふれている様に見えますが、その実は、すべてが大きなレンジへとその価値観を集約し続けています。
大きなレンジによる急激な興奮は、そのあとにどこか満たされない寂しさとともに更に快楽を求める欲望を起こさせます。その欲望を満たすために、また新たな興奮を得ても寂しさは更につのっていきます。
たとえば、自然に感激して帰宅した後の充実感はなんでしょう。
先に述べた様なさびしさはなく、あたたかな安らぎにつつまれます。
どうやら物事には、”過程”というものが大切な様です。
山登りを考えたとき、計画をたてる時の期待と不安、そして現地へおもむくまでの時間、現地では、まず人里からのおだやかなアプローチがあって徐々に自然の魅力に浸りながら、山頂へと誘われる過程があり、そしてその余韻に浸りながら下界へと降りていく帰路があります。
人は結果をえるまでの過程のなかに、細やかな機微を感じ充足感を得るのです。
ドラエモンのドコデモドアができたなら最初は興奮するでしょうが、そのために人は憧れとロマンを失うでしょう。
何げない日々の中に際限なく広がる細やかな機微。それを感受する能力を失えば安らぎはありません。
現代人はあまりにもきらびやかな文明の魅力に心をゆだね過ぎて、足下に限りなく広がる細やかな日常のディテールが見えづらくなっています。
意識的に刺激的な情報から、あるていど距離をとって、本来持っている細やかな感性を開き、五感をやしなうことが人としての本来の正気を保つために必要になっているのかもしれません。

b0194880_4342122.jpg

b0194880_4284973.jpg

[PR]
by tortoiseth | 2016-08-28 04:35 | 社会 | Comments(0)

とても大事なことなので、たまには政治の話も。。

b0194880_772310.jpg

いま、「あたらしい憲法草案のはなし」て言う本を読んでます。
ほんとに大変な社会になりますよ、憲法変えられたら。
憲法九条の話で収まることではありません。
ひとつ話をすると
改憲草案では、国民は国から個人として尊重されなくなります。
国にとって「個人の尊重」ほどやっかいなものはないからです。
「個人の権利」を理由に国に協力しなかったら、裁判でも国が負けてしまうからです。
だから改憲草案の第13条では「個人の尊重」を「人として尊重する」と言う言葉に変えられています。つまりあなたがあなたである個性や考え方はみとめられないが、牛や馬ではなく人としてはあつかう、ということです。国が国民に義務を課すには都合が良い文言になっています。
改憲草案第24条では、「家族は、たがいに助け合わなければならない。」という文言が付け足されています。なぜ、こんな当たり前のことを憲法にかきこんだのでしょう。
介護や生活保護の支援を受ける前に、親戚縁者のなかに一人でもお金の援助ができる人がいればお互いに助け合いなさい、と言うことが可能になるからです。
社会福祉のためのお金も国はあまり出さなくてもよくなるということです。
法律では、細かい言葉の使い方ひとつで大きな違いが生まれます。
こういう細かい書き換えや付け足しがたくさん積み重なって、国民の権利を弱めて政権が思うままに国を動かしやすくする改憲草案ができています。
小池百合子さんは、この改憲草案をもとに改憲を強く進めようとしています。
庶民の味方なんかでは、まったくありません。
どうか彼女の背景をよく調べてみて下さい。
彼女は、ただ上手く風を読んで自分が高みに上がろうとしているだけです。
庶民の暮しに心を向けて、この改憲草案に対して、はっきり反対という意志を掲げているのは、鳥越俊太郎さんです。

*「改憲草案」は、ネットで検索すれば簡単に読めます。
できれば、その目で確かめて下さい。
見るポイントとして、
あちこちに”公益(国の利益)及び公の秩序に反しない限り”と言う言葉で、
今まで認められていた国民の権利を制限しているのも、この改憲草案の特徴です。
わかり易いのが、改憲草案第21条2項です。
この条項で結社、集会、出版などの表現の自由が制限されています。
政権に反対するデモや出版物も厳しく取り締まることができますし、中国の様にネットも厳しく監視することもできます。つまり日本から政権に反対する声が消えていくと言うことです。
この条項が通ったら、もう後戻りはできないと考えてよいでしょう。
これから政権側は中国や北朝鮮などの国際情勢を必要にアナウンスして、改憲をしなければならないという気運をあおり立てて来るでしょう。
その雰囲気にあおられて、どういうことが書かれているのか良く確かめないまま、この草案を通してしまったら取り返しのつかないことになります。


写真:公園の桂(かつら)の樹

[PR]
by tortoiseth | 2016-07-28 07:08 | 社会 | Comments(0)

共同体の魂

b0194880_0375676.jpg

個人というレベルで、整合性のとれた正しさのみの追求は、社会という共同体のレベルでは不合理に働きます。
多くの人が個人の都合を優先して、数少ない矢面にたっている人がリスクを背負い排除される様では、社会は、ますます自由を失なって逆に不都合なものになっていく。
これは、一番おおきな死活問題です。
昔あった、神社などを中心にした共同体を思い起こせば、
一人一人があえて、少しづつ自己を否定することで
社会の魂は守られました。
その中で、かえって人は精神の自由を得ていた。
共同体の魂を失ってしまっては、
一人一人の幸せなどありはしません。
人は、その大きな魂に守られてこそ
やすらぎを感じるものだからです。
(デモで身分を問われ事はありません。無理が効くなら参加しよー。)

[PR]
by tortoiseth | 2015-08-21 00:39 | 社会 | Comments(0)

幸四郎と言う名前の犬がいた

手元に届いた数枚の写真。
首をうなだれ、心もとない様子で立っている。
不安なまなざし。
寂しさに満ちた瞳。
その姿は、この社会をそのまま映している。
 幸四郎と言う名の犬がいた。飼い主さんは彼を引っ越しを理由に、多頭飼育現場に引き渡した。
ずっと人とともに暮して来た彼は突然放り込まれた犬社会の中で、ボス犬に服従するというルールがわからなかった。
いつも陰に隠れ、ボス犬から逃げる様にしていた彼は、飼育場の中で浮いた存在となった。
そんなある日、幸四郎くんはボス犬にかみ殺される、というかたちで亡くなってしまう。
ずっと幸四郎くんの身の危険を案じ心を痛めていた人がいた。
それが今回、幸四郎くんの絵を描いてほしいとの依頼を頂いた、動物の保護活動のお仕事をされている方々だ。いち早く幸四郎くんの危機を察知した彼らは、飼育場の一角に保護スペースを作った。そして、そこに幸四郎くんをかくまうことを提案した。
しかし多頭飼いの飼い主さんは、それを実行しなかった。
動物の保護活動は、どこまで踏み込むべきか判断が難しい。
幸四郎くんのケースでも、保護するか、通いでのお世話に徹するかで、彼らの中でかなりの葛藤があった。
どちらにしても簡単なことではない。
頑なな飼い主さんや法律などの様々な壁が立ちはだかるからだ。
幸四郎くんが亡くなってから、もう一年以上も経つ。
しかし、彼らの中で幸四郎くんはいまだ忘れられない存在となっている。
 その昔、人は ”自然も動物も、人間と同じ魂が宿っている” と言う考え方をもっていた。
今は、そういう繋がりが希薄になってしまっている。
そんな社会で、親身になって動物の保護活動をされているみなさんに感服する。
命とかかわる日々の中で、立ちはだかる壁が限りなく大きなものに感じられる時もあるだろう。
そんな時、幸四郎くんの姿がそれを乗り越えるための勇気と力になれば、彼の魂は報われるのだと想う。
そして、その活動は僕たちにとって、とても大切なメッセージを育んでいる。



b0194880_384346.jpg



追記:その後、依頼主さんからお礼のメールを頂きました。
絵から何かが伝わったのだとしたら、とてもうれしいです。
それは、もの言わぬ幸四郎くんの代理人としての役目を果たせた事だと、思うからです。
これからの彼らの活動が実り多きものになることを心よりお祈りします。

この絵は「震災で消えた命展」に出品しています。この展示は、全国を巡回中です。
詳しくは、こちらから。↓


http://chiisanainochi.com/pub025/syushi.html
[PR]
by tortoiseth | 2015-06-04 03:15 | 社会 | Comments(0)

旅路の果てに、見える村

b0194880_12391486.jpg

むずかしい本を読んでます。
中沢新一の「フィロソフィア・ヤポニカ」という本
2、3ページ読むのも、けっこう時間がかかる。
けれど、普段疑問に思うこと、とくに3.11以降あらわになった社会の歪み、つまり「どうして、こんな世の中になったのかな?」って想うことの一つの答えがあります。
読み進んでいくと、いろいろな社会問題は、資本主義経済がはじまった段階で、すでに予想されていて、言わば進むべきシナリオ通りに、この社会が進んでいる事がわかります。
個人の精神の自由のために、消費や欲望を追求していけば、あらゆる面倒な障壁(地域ごとの文化や天然の自然など)が取り払われて、世界は画一化したグローバル社会へと発展していくことや、あらゆるものが大量生産による流通を考えた商品として扱われる商品化社会の発展とともに、すべては著しい平準化がすすみ、多くの人々は個性的に生きる事をそれほど望まなくなり、規則の体系のなかで「その舵をとるにまかせて」生きる事を好む様になること。そしてその中で生じた権力の偏りによって、政治は腐敗していくこと。
こんなことを、1900年代初頭に経済学者や哲学者がすでに予想していました。
実際、地域の伝統や共同体は失われかけてますし、経営の組織や、その人間関係まで地域ごとの特殊性はなくなり、すべては単一の”スタンダード”に「改良」していくことを求められます。
そんな中で、人と人との繋がりは希薄になり、自分の息吹の通ったものではない画一的な職場で、分業によって想いのこもらない商品を作り、時間で切り売りする労働力として働いてお金を得ています。いままでの歴史上、ひとが一番孤独になった時代なのかもしれません。
この本のなかで取り上げられているのは、田辺元と言う思想家の「種の論理」という考え方です。
ものごとを「類」「種」「個」の3つの段階に分けた時、「個」である個人の精神の自由のみを追求していくと、心の荒廃を呼び、逆に不自由な社会へと進んでいくと田辺元は言っています。「種の論理」とは、個人の「精神」ではなく共同体(種)の宇宙的諸力(自然との繋がり)を含んだ「魂」というものに拘束される力によって、逆に人は自由を得ると言う哲学です。
なんだかムズカシイですが、たとえば、神社が地域ごとにあって、共同体の「魂」として人々の中心になっていた頃の「村」というものを考えてみましょう。当時の村では個人の自由は、大地の神に繋がった共同体の「魂」に捧げることによってある程度、拘束されていました。しかし、大地との繋がりを大切にして、すべての結びつきを重んじた人々の中で、個人の多様性は受け入れられ、かえって自由で安らかな精神が与えらていたと言うのです。
個人にとって、いかにも正しい合理性のみを追求していくと、社会と言うレベルでは、とんでもなく不合理で、人の本質的な幸せに繋がらないということを言っています。
わずかに自己を否定して、個人の「精神」ではなく、大地に繋がった共同体の「魂」に、それぞれが余力を捧げることによって、かえって一人一人にとって自由な社会が築けるというのです。
個人にとって有利か不利かを考える前に、まず命あるものの「魂」として、おかしいことはおかしいと思う、しっかりとした意識を持つことは大事だとおもいます。
「自分一人が言って何になる。」という考えで、それぞれが、ばらばらに自分自身の自由を追求していたのでは、とても不自由な社会になってしまいます。
無理をして何か運動をおこすべきだ、とかみんながデモに参加しなくてはならない、などと言ってるわけではありません。それぞれがわずかな余力を割くだけでいい。
おかしい事に対して、人々が心の底で、やむにやまれぬ想いを持ちながら日常を暮らしている社会と、あきらめてしまっている社会では、おのずとその気運は違ってきます。
気運と言うものは、想いの他大きなもので、社会を動かす最も大きい力と言えます。
社会の大本に、共同体の魂と言えるものが横たわっているかどうかで、その気運は変わってきます。
気運の高まりとともに、必ず社会のために動ける多くの人が現れる。
個人の「精神」が重んじられる社会ですが、大地的なものと繋がった共同体の「魂」に守られてこそ、一人一人の精神の安らぎがあるのだと思います。

[PR]
by tortoiseth | 2015-05-25 12:40 | 社会 | Comments(0)

意識がきえれば、世界もきえる。

b0194880_15582231.jpg


b0194880_1662724.jpg

人はどんな時だって、自分の意識のフィルターを通して外の世界をみている。
オーストラリアの先住民族であるアボリジニは、『世界は”心の内なる体験”である「意識」と、外の世界である「もの」が一つにとけあって生まれる。』という哲学をもっている。
意識と自分の外にあるものとが影響し合いながら織りなされていく世界。
それがアボリジニの世界観だ。
”意識”や”もの”の諸々のエネルギーが混在して、物事がこの世界に立ち現れる前の定まっていない状態を、彼らは”ドリームタイム”と呼ぶ。
ドリームタイムとは、いわば世界を生む土壌なんだ。
豊かな土壌からは多くの芽生えがあり、やがて花が咲く。
土壌が痩せてしまっては、いくら花を愛でても枯れ果て土地は荒廃していく。
世界は人々の意識によって、日々生まれている。
市井の人々の想いや意識が集まれば、必ずそれに答えて動きだす多くの人を生む。
そして、世界は生き生きと躍動を始める。
現代人は、立ち現れた現象しか見ない科学による合理的な思考に、いつの間にか染まっている。
科学的思考が始まったのは、たかだか数百年前からにすぎない。
古来より、人は意識が見る世界を大切にしてきた。
ドリームタイムは世界の始まりから今も続いている。
世界から意識を切り離す事はできない。
目に見えることばかりに気をとられていては、社会がますます人の想いとかけ離れたものになっていく。
どんな世界を望むのか、一人一人が人任せにせず自分で考えてみる。
そういった意識はとても大切なものだ。


アボリジニのアーティスト,エミリーウングワレー
b0194880_4423387.jpg

[PR]
by tortoiseth | 2014-11-17 16:17 | 社会 | Comments(0)

僕たちを知ること。

b0194880_12421531.jpg

猟師になった狩りをする女子、ちはるさんのブログに対する批判炎上は、僕たちの事を知るうえでとても興味深い記事だと思いました。
笑顔で獲物を掲げる姿や、解体のシーンなどが残酷だと言うのです。(詳しくはコチラのリンクから)
たとえば、アイヌの人たちは狩りをして得た獲物をとても丁寧にあつかいます。きれいに解体し、あますところなくその肉を食べるのです。そして残った骨も心を込めて葬ります。
獲物は、神からの贈り物であり、肉や皮を着てあらわれたその魂はまた神の国へ帰っていくと信じているからです。
だから偉大な狩人であるほど、狩りをする対象をうやまう気持ちを持っているのです。
彼等は、そうやって自然との繋がりを大切にして生きています。
僕たちは、一見、整然として隅々まで行き届いた社会に生きています。
スーパーに行けば、食べ物は綺麗にパッケージされ並んでいます。
生々しさなどない、管理され衛生的な環境にいきています。
しかし、その土台では生き物をうやまう気持ちをわすれた野蛮な行為が横行しています。より多くのお金を得るために自然から強引な方法でいろいろなものを搾取しているのです。そういうことは日常から目の届かない所にフタをされ、リアルな自然との繋がりを断たれています。


b0194880_1174011.jpg

[PR]
by tortoiseth | 2014-10-26 01:22 | 社会 | Comments(0)

優しい知恵

アメリカインディアンの首長の話を読んで笑った。
部族の尊敬と信頼を集める首長。その地位につくには、三つの条件がある。

一つ 首長は「平和をもたらすもの」である。緊張をやわらげ平和に事を治めなければならない。
二つ 首長はケチであってはならない。人々の要求を、しりぞける事は首長としての威厳、信頼を失うであろう。
三つ 弁舌がさわやかなものだけが首長の地位を得る事ができる。
(ためになる事をおもしろく話せる人じゃなきゃダメということらしい。)

この条件、政治の本来のかたちと言える。いわば、首長は部族の政治家なんだな。
二つ目の条件によって、首長の人気はその気前の良さで決まる。
部族の中で、首長は一目で見分ける事ができるそうだ。
みんなに気前良く与えたために、だれよりも見栄えのしない服装で、つつましいライフスタイルを送っているからだ。
ときには部族の人たちにひつこくおねだりされた首長は、こう叫ぶことになる。
「もういいだろ!ぜんぶもってかれちまった。だれでも、おれの代わりに気前良くすればいいだろ!」
人間臭いけど、これって偏った権力が生まれないための知恵なんだな。
なんだか安心できる。

b0194880_1612558.jpg

[PR]
by tortoiseth | 2014-07-28 16:14 | 社会 | Comments(0)

意識が、未来を生む

b0194880_2541317.jpg

(この写真は、日本李登輝友の会理事、永山英 樹さんのブログから転用させて頂きました。)

与党が独断で結んだ中国との不平等協定に憤りを覚えて台湾の国会議会場を占拠している学生たちの事が時々ネットにあがってくる。
台湾の国民性は、あたたかい。
学生たちの大学の学長と教授の多くが彼等を支持し、学生が自由に行動を行えるように、一週間の休講を宣言した。
さらに53の大学の学長が学生支持を表明。
議会場の外では、日によって数千から数万の市民が座り込み、学生たちを守っているそうだ。
警察官や機動隊員の多くも、心情的には学生に賛同している様だ。
みんなが関わり合いを大事にする社会的な土壌が台湾の学生を育んできたのだろう。
社会を動かすのは人の”意識”なんだと、あらためて思う。
具体的に何か行動を起こさなかったとしても、気にかける事、意識を持つことには意味がある。
社会を動かす潜在力は、人の意識にあるのだから。
僕たち日本人は”意識”が具体的な形となって現れた”情報や物”の方ばかりに気を取られていないか?
「自分一人が、何か言ったところで仕方ない。」そういう意識が集まったとして、その社会の土壌から全体が良い方へと向かう希望が生まれるとは思えない。


詳しくはこちらから
http://blog.tatsuru.com/2014/03/29_0926.php
http://togetter.com/li/646735
[PR]
by tortoiseth | 2014-03-30 02:54 | 社会 | Comments(0)

すべては、つながっている

b0194880_145634.jpg

子供の甲状腺がんが、深刻な状態になっている。
福島での発症75人。(詳しくは下記のリンクから)
これは同じ3年後のベラルーシの発症数約10人の7倍以上。
ベラルーシはチェルノブイリから国境まで16キロの国です。
発症数は、汚染の度合いを現してる訳だから、他の子供たちもかなりの健康被害を受けているはず。
これを無視して平穏な日常はありえない。
どんなに角のたたない和を乱さない平和な日常を大切にしたとしても、片方で悲惨な現状がある。それは、つまり僕たちも平穏な日常から一歩足を踏み外してしまえば同じ様に無視される安心感のない社会に生きているということ。
文明社会に生きる人は、どうしても物事を細かく分析して合理的なその正しさを信じる。理にかなっている正しさを信じて何がワルいのか、と思うかもしれない。
ところが、世界はあらゆるものや命、心や、想い、そういったすべてのものが複雑にかかわりあって動いている。
一つの価値観を信じて、そういったリアリティーが見えないまま危機的な状況に落ち入ってしまわない様に、まずは生身の人間として小さな声を、あげなくちゃいけないなって思います。


http://financegreenwatch.org/jp/?p=41354
[PR]
by tortoiseth | 2014-03-17 01:09 | 社会 | Comments(0)


あたりまえだと思ってる事、でもなんか変。イラストレーター平澤貴也のブログ


by tortoiseth

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

ホームページ

hirasawatakaya drawing site

イラストレーションファイルweb


お気に入りブログ(エキサイト以外)
・・・・・・・・・・・・・
山のおもむき
藤原新也さんのブログ

フォロー中のブログ

イラストレーター河本徹朗...
女性誌、web、広告 |...
櫻井 砂冬美 / Sak...
トコトコブログ
奥 勝實オフィシャルサイト

タグ

カテゴリ

全体
社会
自然
動物
はしやすめ
日々のこと
気になったもの

もの

イラスト
イラスト(らくがき)
未分類

最新のコメント

y15424さん どうも..
by tortoiseth at 01:17
よかった、よかった。
by y15424 at 14:02
y15424さん 知らせ..
by tortoiseth at 13:29
これ、当ブログにも書き込..
by y15424 at 15:30
tokotokoyuj..
by tortoiseth at 02:20
tokotokoyuj..
by tortoiseth at 02:17
庭はいいですね、だれにも..
by tokotokoyuji at 15:56
いい話ですね、心のきれい..
by tokotokoyuji at 15:54
tokotokoyuj..
by tortoiseth at 03:21
かわいい絵ですね。気持ち..
by tokotokoyuji at 11:28

記事ランキング

以前の記事

2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月

最新のトラックバック

ライフログ

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

最新の記事

小説新潮 白石一文著「ひとり..
at 2017-08-09 13:41
親しげに佇まう
at 2017-08-05 00:57
小説すばる 阿刀田高さん連載..
at 2017-07-29 01:47
水辺の森
at 2017-07-18 23:30
光を焼き付ける
at 2017-07-11 03:02

ファン

ブログジャンル

日々の出来事
絵日記・イラスト

画像一覧